さとり

誰かの一歩救えますように

「思いやり」の本当の姿

こんにちは、さとりです。

 

紅葉が綺麗になりましたね。

街路樹の色づきを見るのもいいけど、

遠くに見える山の色が段々変わっていくのを見るのも、楽しいです。

 

 

さて、

私たちは子どもの頃から多くの大人に

「思いやりを大切に」と言われて育ってきました。

 

確かにそうなんですけど。そのとおりなんですけど。

 

他人を思いやるって、意外と難しくないですか?と

最近思うわけです。

 

なぜそう感じるのか、

ちょっと考えを整理したいと思います。

 

 

 

■ 思いやりの定義とは

思いやりってなんだろう、どういうことだろう、

と最初に考えました。

 

ちょっとググってみたら、

「他者の立場に立って気持ちを考えられること」

みたいな内容が多かったです。

 

あとは

「相手の望みを注意深く観察し、接すること」

「他人の心情や身の上を察して気を配ること」

とか。

 

たしかに、そのとおりだなと思いました。

でも、2つほど気づいたことがありました。

 

人の気持ちを考えて行動するのって、

わりと当たり前のことだよね、です。

(それが苦手な人も中にはいると思います。

だから、当たり前だと決めつけられた中で生きていくのが

苦しく感じるのだと思います。)

 

そしてもう1つが、

相手が実際どう感じているか、

実際どうしてほしいと思っているかは、

一旦関係ないんだな、です。

 

 

そうした側面を持つ「思いやり」という行為。

かなり奥が深くて、難しいと思うのです。

 

それでは、1つずつ整理します。

 

 

■ 思いやりは当たり前、だからこそ

日本は「おもてなしの文化」と言われていますよね。

 

私たちが子どもの頃から口酸っぱく言われてきた

「思いやり」に加えて、

「礼儀正しく」「モラルを大切に」

といったことも、まわりの大人や集団生活から学びます。

 

なので、私たちが受けているサービスには、

日本人の気質をベースに成り立っていると言えます。

 

だからある意味、

思いやりを受ける側も、

それが当たり前になっちゃっているんですよね。

 

でも、ですよ。

他人に親切に対応したときって、

「ありがとう」って言ってほしくないですか?

 

少なくとも私は言ってほしいと思います。

 

おいおいせめてありがとうくらい言えよ、と。

当たり前だと思いやがって、と。

それが礼儀だろ、と。

 

 

でもそれって、紛れもなく見返りを求める心ですよね。

ギブしたんだからテイクしてくれ。

いや、もはや

テイクがほしいからギブした。

みたいなもんですよ。

 

つまり、イカー。

 

あまり綺麗ではないし、

せっかく良いことをしても気分が悪くなる可能性がある。

だって相手が返してくれるとは限らないから。

 

これは良くない。

 

この「テイカーな考え」に気づいてから、

最低限のお返し(だと勝手に思っている)、

相手からの「ありがとう」がなかったとしても、

それでも自分が相手にしたいと思えることをすることにしました。

 

思いやりって本来は、親切にしたいから親切にする。

 

それだけのこと。

(プフ風)

 

あくまで、自分側の問題であって、

相手に何かを求めたらいけないものだと気づきました。

 

これが1つめの気づきであり、難しさです。

はい、これから鍛錬します。

 

 

■ 相手がどう感じているかは別

思いやりが「感謝」に変わるときって、

簡単に言うと、

 

自分がした行為=相手が自分に求めていた行為

 

ですよね。

 

例えば、

 

明らかに道に迷っている人がいる

お困りですか?と声をかける

相手に道を尋ねられる

道を教える

感謝される

 

は、分かりやすい簡単な例です。

双方、ハッピーエンド。

 

 

では次の例はいかがでしょうか。

 

恋人の家に来たらゴミやモノで散らかっている

ゴミは捨て、モノは片付ける

恋人が帰ってくる

???

 

自分の心の声:

忙しくて片付ける時間がなかったんだろうな。

帰ってくるまでまだ時間があるし、やっておいてあげよう。

きっと喜ぶだろうな。

 

相手の心の声:

ゴミを捨ててくれるのはありがたかった。

でもモノは模様替えも考えていたし、

そのままにしておいてもよかったな。

そんなことを言ったらせっかくやってくれたのに申し訳ないか…

 

結果

相手「ありがとう…助かったよ…」

自分「…(なにこの反応…)」

 

となりかねないわけですよ(笑)

難しいですよね。

 

良かれと思ってやったことでも、

相手にとってはそうでないことがある。

 

上記の例では、

まだ日の浅いカップルを想定しましたが、

信頼関係のあるパートナーなら、

 

「ありがとう。ゴミ捨て本当に助かったよ。

でもモノについては自分で片付けたいときもあるから、

次からは聞いてくれると嬉しい。

ていうか散らかっててごめんね(笑)」

 

と言ってしまえばいい話ですね。

 

 

ニーズが明らかであれば話は簡単ですが、

「良かれと思って」が裏目に出ることもあります。

 

これが2つ目の気づきであり、難しさです。

 

 

まとめると、

思いやりを行う側に必要なマインドは、

「自分の想定した相手のニーズが

違うこともあると認識しておく」

「やりたいからやる、見返りを求めない」

 

 

思いやりを受ける側に必要なマインドは、

「ちょっとずれていたとしても感謝する」

「よりよい関係にするためにも、

相手を傷つけないようにしながら本当のニーズも伝える」

 

これが、「思いやり」の本当の姿だと、さとりは思います。

 

 

■ さいごに

では最後に。

さとりが今一番頭を悩ませている事例です。

 

前の人が自分と同じくスーパーに向かって歩いている。

白い杖を持っている。使い方から見て、おそらく全盲だろう。

 

さとりは、声をかけませんでした。

でも、その日は一日中

「本当はどうするべきだった?」

と、とても悩みました。

 

やっぱり、思いやりって難しい。

 

 

そう、思いました。

 

さとり

2022/10/24 お昼前